新潟駅 今昔 昔の新潟駅周辺を語ろう!SAISON(セゾン)、マルタケビル【1980~1990年代 新潟駅前編】

新潟今昔
昔の新潟駅!!

2024年春。新潟駅構内がリニューアルされましたね。バスターミナルが新潟駅の1階になって、以前と比べると“貫通”したような。ずっと工事をしていたので、県外の友人が「新潟駅・・工事ばっかりで汚い」と言われてガッカリしたことがあったのですが(笑)、そんな話も笑い話になるくらいCoCoLoを始め、すっかり変わってしまいました。

さて、何を隠そう(隠してない)、当ブログ管理人は新潟駅南の生まれ。中学校は宮浦中学校です。

こんなローカルなことをなぜ言うか、というと(新潟でも理解できる人は新潟市民だけです)「宮浦中学校」は、新潟の万代エリアの中学校ですが、駅南方面の中学生は「毎日新潟駅を超えて歩いて通う」のです。(または、迂回して線路を渡るか跨線橋を渡るか)

ですから、「新潟駅」は通学路であり、電車に乗らずとも身近な存在
しかも、おじいちゃんも父もJR(国鉄)勤務ということもあり、“新潟駅”には少々思い入れもあります。

しかも、リニューアルして変わってしまった新潟駅を説明できる人は多くいれど、「昔の新潟駅周辺」を語れる人は・・限られているのではないでしょうか?

・・ということで、「昔の新潟駅周辺」を語ってみたいと思います!

古き良き?新潟駅を語る

最初にご了承いただきたいのは、古き良き新潟駅周辺といっても、私の知る限りでは1980年代からの新潟駅です。今回は1980年代~2010年ほどを中心に話していきますね。

昔は一通りもまばらだった「新潟駅」

新潟駅は、中学生のころは通学路でしたから毎日通っていました。

新潟市の中心部の中学校は自転車禁止でしたので、歩いて渡っていましたよ。
(高校生のころは古町まで自転車で行くのに自転車を押して歩きました)

今は新潟駅はとても人が増えましたが、私が中学生のころは新潟の繁華街といえば「古町」でしたし、新潟は車文化の県なので、新潟駅は「電車」や「新幹線」を利用する人や観光客が利用するところで、ある程度限られた人しか使わなかったのではないでしょうか。

日中なんて、割と閑散としてましたよ(笑)2010年くらいだってFacebookでログインしたらバレそうでしたもの(笑)

駅構内のお買い物といえばSAISON(セゾン)

今、新潟駅構内ではお買い物エリアとしてCoCoLoがありますが、わたくしの当時の立ち寄り所は「SAISON」です。セゾンです!セゾン!セゾーーン♪です。新潟の長岡駅にもありましたよね。

SAISONのCMなんて当時は画期的で、「セ・セ・セゾーーーン↓ チャッチャッチャ・・セゾオーン!↑」って女性の声で歌う歌が流れてたんですが、子供ながらに圧迫感があってちょっと怖かったんですよね(笑)

確か、新潟のお土産(新潟加島屋、田中屋本店、瑞花、大阪屋、百花園、キャラクターグッズ、工芸品屋等)が入っていたのではなかったかな、と思います。

新幹線に乗る方が「新潟土産」を買うところ、また電車の時間までに時間をつぶすところ、そんなイメージの場所でした。

それから、奥には本屋さん。なんて名前の書店だったでしょう(いけだ書店かなぁ?)。セゾン内の半分くらい本屋さんでしたよね。たしかマッサージ屋さんもありましたよね??

CoCoLo入口

2024年4月に撮影。以前のSAISON(セゾン)の場所はCoCoLoとして生まれ変わっています。

新潟駅 駅前口にはマリオンクレープ・・じゃない!エルフィン!

新潟駅の駅前口(万代口)と言ったらクレープ屋のエルフィンでしょう。あの、生クリームがたっぷりのクレープ・・。元祖新潟のクレープ屋さんという感じでいつも行列でした。今の万代にあるマリオンクレープとは違って、お家で作るようなふにゃっとしたクレープに生クリームのしぼりの半分くらい使うたっぷり生クリームのクレープです。

あれ、途中まで食べると生クリームが重くなる・・やつです(笑)

私が知っている「エルフィン」は、行内に店として構えたタイプの店ではなくて(ヨドバシカメラの向い)、万代口の屋台風?のエルフィンです。フードコードじゃない方ね。当時は食べる場所はありませんでした。立ち食いです。

そして、当時働いていた主婦っぽい店員さんが意外と怖かったっていう思い出があります(ごめんなさい)

駅前のマルタケビルの話。この話・・・どれだけ知っている人がいるでしょうか?

マルタケビル?の大きいタバコのモチーフ・・・知っている人どのくらいいる?

本当にここからうろ覚えで、全く間違った話をするかもしれないのですが、私が幼児の時、母に連れられて駅前に行くことがあったんです。多分・・マルタケビル

今は新潟駅前のランドマーク的な存在のビルです。

マルタケビルホームページより

マルタケビル公式:https://www.marutakebuilding.jp

マルタケビルは田中竹二郎さんが創業者で「まるたけデパート」としてオープンしたらしいですが、新潟駅前がまだ開拓時代のとき、マルタケのビルの横のブラザービルあたりの土地を買わないか、と打診されたとうちのおじいちゃんが言っていました・・。(うちのおじいちゃんは資産家でもなんでもなく、真面目な国鉄職員でした)

記憶があいまいで、もしかしたらマルタケビルではなかったかも・・しれないのですが、1980年代、ビル内に半地下みたいなエリアが待ち合わせスポットみたいになっていて、ベンチとかがある広場があったはず・・。

※この辺の記事の記憶はとても曖昧で、間違っているかもしれません。
最近、万代の日本たばこの持ちビルだったんじゃなかったっけ?とか、現コズミックビルかもしれない・・とも思い始めました・・

でね、ディスプレイがおそらくJT(日本たばこ)の広告だと思うのですが、でーーーっかいタバコとでーーーーかい手の置物ディスプレイ?が置いてあったんですよね。

真っ赤な口紅とマニキュアが印象的だった・・。

置物なので全然違うんだけど、イメージとしてはこんな感じです。

かなりのインパクト!子供ながらにモチーフがタバコとあって「大人なエリア」だと思っていましたが、この話・・分かる方いらっしゃるでしょうか?

(もしかしたら・・・マルタケビルじゃなくて、現在ロイヤルホストとかが入っているGARESSOビルかもしれない・・という気がしてきました)

今は、繁華街!という印象の新潟駅周辺ですが、私が通学路で通っていたときはなんていうか・・「通り過ぎる場所」でしかなくて・・そして新潟駅前の飲み屋さん通りはディープなエリアでちょっと怖かったなぁ・・と印象。

でも、一つだけ言わせて。どうして土地を買わなかったんだ!じいちゃん!!

こんな風に思い出して、文字として残しておかないと忘れてしまうので、このシリーズは駅南バージョン、万代バージョン、古町バージョン・・と続けたいと思います。

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